靴にまつわる短歌と小さなエッセイをご紹介する、「靴のうた」。
もう春がきています。どうぞご覧ください。
やがて春 打ちあげられた靴たちがステップを踏むゆめの海岸
北川草子『シチュー鍋の天使』
「春になったら海に行こうね」
大学時代、演劇をやっていた仲間たちと話しました。大学は武蔵小金井にあり、普段は海を意識することはありません。でも、若者は海にあこがれるのです。
冬の終わり、仲間の一人が運転免許を取りました。早速、新しい芝居で大道具にする物品を借りるため、彼の運転する車に四人が乗り込んで、海辺のビール工場へ行きました。古いコンテナーや、ビール瓶のケースを車に積みながら、春になったばかりの海を眺めるともなく眺めました。あんなに見たがっていた海なのに、誰も何も言いませんでした。
荷物運びで、汗をかきました。スニーカーを脱ぎ、熱を冷ますように片方ずつ風の中でひらひら振りました。海からは、海のにおいが漂ってきました。
その後、この歌と出会ったとき、どういうわけか、演劇をしていた大学時代を鮮やかに思い出したのです。海岸に打ち上げられた靴を見たこともなかったのに。
いえ、夢のなかでは、見ていたのかもしれません。
選歌・エッセイ 千葉 聡
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