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靴のうた | 2019.10.11

靴のうた -第19回- 靴に寄り添って


靴にまつわる短歌と小さなエッセイをご紹介する、「靴のうた」。
家族の靴の風景。どうぞ、ご覧ください。
 
 


革靴にさくらはなびら踏みしだく生のあはひに桜はそびゆ

門脇篤史『微風域』

 

 母は靴が大好きでした。出かけるときには、その日の気分で靴を選んでいました。なかなかのおしゃれさんだったのです。靴箱のなかは、ほとんど母の靴。特別な用事や旅行のたびに、母の靴は増えていきました。
 その母も年をとりました。まだまだ元気で、毎晩、ドラマを見て泣き笑いしていますが、一人で立ち歩くことが難しくなりました。今、母が履けるのは「らくらく介護の靴」だけ。マジックテープで着脱できるタイプです。私も勤務を早めに終わらせ、夕方には家に帰るようになりました。母のペースに合わせて、生活の手助けをする日々です。
「お母さん、もう履かない靴がたくさんあるんだけど、どうする?」
「もう履かないんだから、捨てちゃおう」
 母は、気丈に答えました。
 ゴミの日の前夜、靴箱で眠っていた大量の靴を袋に詰めました。そのなかにピンク色の靴がありました。弟の高校の入学式を見届けるために母が用意した一足です。「あ、この靴、覚えてる」とつぶやき、手にとると、靴の側面から小さな薄いものがはがれ落ちました。紙切れかな、と思いましたが、拾ってみると、どうやら桜の花びらのようでした。
 母がまだ若かったとき、その母の心のたかぶりを演出した花びらの一枚が、こうして長いこと靴に寄り添っていてくれたのです。
 花びらのような薄いものを、母に見せようと思いましたが、それは私の指につままれて壊れてしまいました。

 
選歌・エッセイ 千葉 聡

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