靴にまつわる短歌と小さなエッセイをご紹介する、「靴のうた」。
夏のあしもとの思い出。どうぞ、ご覧ください。
砂浜を裸足で歩くそれだけがしたいほんとは砂場でもいい
寺井奈緒美『アーのようなカー』
幼いころ、私の両親は新聞販売店をやっていました。父は、二十人以上の配達員さんにてきぱきと指示を出し、母は、新聞配達から帰ってくるみんなのために食事をつくっていました。うちには、たくさんの優しいお兄さんたちがいて、父も母もみんなから慕われていて……。幼い私にとって、店は誇らしい場所でした。
でも、両親は忙しすぎて、なかなか遊んでくれません。母は、いつも配達員さんや、集金のおばさんたちのお世話をしたり、店の電話に出たり。二つ上の兄は、すぐに友達の家に出かけてしまい、私と弟は家の奥でぼんやりしていました。
ある夏の午後、母が大きな風船のようなものを買ってきてくれました。
「お母さん、すごい!」
母が息を吹き込むと、それは小さなプールになりました。店の裏の散歩道の端っこで、私と弟は、水遊びをしました。曇った空に向けて、水を跳ね上げました。
プールの時間が終わると、私と弟は、母を真ん中にして手をつなぎ、裸足で家まで歩きました。
たった一度だけの、小さなプールの思い出は、裸足の感覚とともにあります。
選歌・エッセイ 千葉 聡
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